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各地のコラムより [ひとりごと]

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火は見えないから、燃えてない。
いや、煙が出てるから、燃えてるはずだ。
おいおい、そもそも「燃焼」の定義はね・・・


東京新聞:筆洗 2016年11月16日付

映画「七人の侍」(黒沢明監督、一九五四年)の後半の場面で、三船敏郎さん演じる「菊千代」は銃を構える敵に対し、ひるむことなく、立ちはだかる。シナリオから引く。〈勘兵衛(叫ぶ)「菊千代っ!何をする!危ない!」〉〈ダーン!―銃声。菊千代、一歩ふらっと出る。また、一歩〉…。
 菊千代は野武士と相打ちの果て絶命する。映画ならばこれでよい。しかし菊千代の親なら「お逃げなさい」「別の方法を考えなさい」と止めるだろう。
 別の方法はないのか。政府が閣議決定した南スーダンPKOの新任務の駆け付け警護である。陸上自衛隊は現地で国連職員らが襲われた場合、武器を持って赴き救出に当たる。助かる人がいる。その半面で日本の海外での武器使用の範囲は拡大する。
 慎重論に対して、「仲間が襲われているのに、見捨てるのか」という批判を聞く。なるほど、その言葉は突き刺さる。それは卑怯(ひきょう)なことではないかと。
 これだけは、言える。それでも日本には戦前の過ちを踏まえた「戒め」がある。海外で武力行使をしない。新任務はその戒めに本当に触れぬのか。
 武器を取るのは難しくない。難しいのは戒めを守りつつ安全で効果的な国際的な平和維持活動を日本がどう築いていくかである。武器を取らぬことで批判もあろう。が、その茨(いばら)の道を選ぶのは卑怯ではない。菊千代とは違う勇気の形もある。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016111602000138.html

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京都新聞:凡語 2016年11月16日付

駆け付け警護
 中国の「史記」にこんな話がある。秦の始皇帝亡き後、宦官(かんがん)の趙高が自分の権勢を試すため2世皇帝に鹿を献上し、馬だと言って押し通した。趙高を恐れた臣下は異を唱えなかったが、正直に言った者は合法的に罪に陥れられた。
 この故事から生まれたのが「鹿を指して馬と為(な)す」の成語である。理屈に合わないことを無理に押し通すことのたとえだ。似たことは日本の歴史にもある。
 戦時中、大本営は敗走を転進と呼び、全滅は玉砕と美しく言い換えた。戦争遂行のために事実をゆがめた言葉が新聞やラジオに踊り、日本が破滅に向かって進んだ歩みは周知の通りだ。
 気になるのは、こうした鹿を馬と言わんばかりの言動が今の政治にもみられることだ。陸上自衛隊が国連平和維持活動(PKO)に携わる南スーダン・ジュバで大規模な戦闘が7月に起き、市民ら数百人が死亡した。
 安倍晋三首相と稲田朋美防衛相は「戦闘行為ではなく衝突だ」と国会で強調したが、素直に受け入れた人はどれだけいただろう。
 政府はきのう、安全保障関連法に基づく新任務「駆け付け警護」をPKO部隊に付与することを決めた。武器使用の範囲は拡大され、隊員が戦闘に巻き込まれるリスクは高まる。現地情勢を軽視した「付与ありき」の判断ではないか。不安は尽きない。

http://www.kyoto-np.co.jp/info/bongo/index.html

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